ウェールズ・食紀行(2001年12月29日〜2002年1月6日)
2001年は転勤と金融庁の検査、ニューヨークでのテロと続き、統合準備で結局夏休みが取れません
でした。
年末は日並びが良く、一日休むと9連休となったので思い切って休んでイギリスへ行くことにしました。
しかし、ギリギリにチケットを取ったので何も考えていなく、取りあえず飛行機に乗ったと言うところ
です。
今回当時の日記を元に旅行記を4年ぶりにウェブの形で作成してみました。
時間的に大分経っていますので、記憶が曖昧だったり、既に変更になってしまったところもあると思い
ますのでご了承下さい。
旅のヒントになれば幸いです。
12月29日
早朝から大変な事になった。今飛行機に乗っているのが、不思議なくらいだ。
詳細は割愛するが出発に手間取り、飛行機が12時40分発なにに成田空港に着いたのは11時55
分。
航空会社に連絡して、何とか乗せてもらった。
ご飯を食べて眠っているとフィンランド上空を通過。まだ外は明るいが、到着時には真っ暗だろう。冬
の旅はそこが寂しい。
始めてロンドンに来た時も冬。しかもモスクワ乗り換えで時間もかかった。
始めての土地に行くのに不安感はもっと大きかったはずだと思い感慨にふける。
北に行きたいが、雪の中でのドライブは思うに任せない。のんびり周りたいと思っていたウェールズに
向かう事にした。
ロンドンヒースロー空港に到着したときには既に真っ暗。入国後レンタカーを借りて出発。
スウィンドン
一路西へ。できる限りM4を西へ進みたいが、既に真っ暗。ウィンザーを越えた辺りから高速の照明
が無くなる。
疲れもあってか恐怖心を感じる。
この時間でも間違いなくホテルのあると思われるスウィンドンへ向かう。
街中のホテルで設備の
割には高かったが、まずは一呼吸置かなくてはならない。
街中へ出てみるが、案の定開いているのはパブ、バーのみ。しかし、どこのパブにも入り口に大男が
立っている。
ドレスコードという訳でもなく、未成年者の入場チェックの様だった。
通りにe-mailの送れる公衆電話があったのには驚きだった。前はこんなものはなかったのに。
どこも騒がしいようなので、ホテルのバーで一杯やる。即座に眠くなるが部屋に帰ってメールの送信、チェックは行う。
ようやくイギリスのホテルの電話もモデムのジャックが付いてきて楽になった。
12月30日
比較的早起きする。朝食はホテル
の一般的なものであるが、久々のイングリッシュブレックファーストはおいしい。
一路西を目指すが、せっかくなので興味がある看板が出ると横道へ。あまり高速ばかり走っても面白く
ない。
コッツウォルズ南端にそって西へ
まずは、チップナム(Chippenham)の街へ。マナーハウスがあると書いてあったが、結局よ
くは分からず。
街は新年前の買い物客がいてそこそこの賑わい。ヴィクトリア調の非常に奇麗な所だった。
このまま高速に戻るのは面白くないので、一般道で西を目指す。
再びマナーハウスの表示。路からそれて、マーシュフィールド(Marshfield)村の方へ。
大きな教会と、その脇にマナーハウスが。その周りには、マナーハウスの所有すると思われる広大な敷
地が広がっている。
案の定、冬は中は公開していないようだが、門は開いていたため、中へ失礼する。
相当の規模があり、ここに付随して村が発達したと思われる。
日曜日の礼拝帰りの人たちに挨拶をする。村を歩いてみると非常に奇麗な村である。
日曜日という事もあり、残念ながら開いている店はない。
村はずれに来ると、不思議な建物がある。修道院の様でもあるが、そうではないらいしい。
修理中のため、詳しくは分からないが、マナーハウスの門の近くにあり、関係するものと思われる。
再び西へ。高速に戻るがまもなく渋滞。ロンドンのM25ならよくある事だが。
M4とM5の交差する場所近くで工事をしていたためらしい。しばらく走るとセバーン川を渡る橋。
ここはイギリスでも数少ない有料道路。高速道路でお金がかかるのは、ここぐらいかも知れない。
4ポンド40はちょっと高いと感じた。
ウェールズに入る
ローマ時代の遺跡の表示があったため、高速を降りて向かう。
(正確な地名は解りませんがM4でウェールズに入ってすぐの出口近くだったと思います)
古い街の外れに、円形競技場の跡。非常に小さいものだが、こんなの所にまで自分たちの文化を持ち込
んだローマ人の凄さを感じた。
既にお昼を廻っていたため、日曜日でも観光地が開く時間である。再び高速道路に乗ってコッホ城を目
指す。
案内表示は分かりやすく、簡単に辿り着く。
コッホ
城
観光客は少なかったが、グループが多かった。
城は、19世紀に古城跡を作り替えたものだが、おとぎの世界の様な城。
内装もロマンチックで、カーディフ城の内装と似ている面もあった。
カー
フィリー城
つづいて車で15分ほどのカーフィリー城へ。本当に大きい。加えて冬という事もあるが暗く寒々し
い。
30分ほどで閉館といわれるが中身は特にないので、歩き回れれば問題無いので入場料を払って中へ。
観光客もあまりいないが、街の明かりとここの暗さの対比が何とも不思議だった。
駐車場への帰りは反対側を廻ってみる。
堀にたっぷり水も張ってあり、まるで海にでも浮かんでいるようである。
4時半を過ぎ、暗くなってくる。そろそろお宿を決めなければならない。
夏ならもう10時ごろの光量のイメージか。
宿探し
カーディフ郊外のリゾート地を目指す。魚のおいしいホテル&レストランがあると期待した。
だが実態には閉まっている遊園地と、少し開いているゲームセンターのみだった。
気を取り直してさらに西へ。空港を越えた辺りから路は真っ暗。
時々村への分岐の表示が出る。宿泊所の施設の案内が出たので行ってみるが、なかなか見つからず。
スラウィットメジャー
次のスラウィットメジャーで村へ向かうと狭い路地の奥の広場に沿ってパブがある。
パブで聞いてみると親切なバーテンと客が、パブの向かいのBB(ベッドアンドブレックファースト:民宿)を教えてくれる。
BBの玄関の呼び鈴を鳴らすと紳士的なテリーが迎えてくれる。
私の名前を聞いただけで鍵を渡してもらい、夕食は先ほどのスワンがいいよ、と教えてもらう。
スワンに戻り、教えてくれた客とバーテンにお礼をいい、まずはギネスを一杯。
そして魚とえびのパイを頼むが、彼女は途中で帰ってしまい厨房までは伝わっていなかったらしい。
結局もう一杯ギネスを頼んだ時に確認すると、オーダーが入っていないという。
お金も払ったんですが、と言うと慌てて厨房に向かう。
こちらはレシートも持っていないのに、この辺では他人をだます人がいないのだろうか。ワインを頂いて食事を楽しむ。
帰り際にワインのお代を念のため確認するとサービスだという。
彼女には世話になった旨を言って払おうとするが、迷惑を掛けたからいいという。
礼をいい彼女を責めないようにお願いをして宿へ。30秒で到着。